パッシブデザインという言葉が、省エネの文脈だけで語られるのは少しもったいない。自然のポテンシャルを建築の中に引き込み、機械はあくまで補助に留める。その優先順位を30年間、実践し続けてきた建築家がいます。

HAN環境・建築設計事務所の代表として、「THE GRANDUO FUTAKOTAMAGAWA」の設計を手がけた松田毅紀さん。その思想を伺いました。


松田さんの建築家としての出発点は、すこし変わっています。

もともとは獣医学部に進学し、生物への関心や生き物の仕組みに対する好奇心を深めていくなかで、「人間も含めた環境全体をデザインしたい」という欲求へと発展していったのだそうです。
建物を「箱」として捉えず、「光/風/熱/水/土」というエネルギーの流れの中に建物を置く。
そんな生態系的な発想が、松田さんの設計の根底にあります。

「環境への意識は、社会問題として語られるよりずっと前から、自分の中にありました。いま、やっと自分の関心と社会が求めるものが一致してきたことを感じています」

パッシブデザインという思想の、本当の意味

松田さんが一貫して追求してきた「パッシブデザイン」を、省エネや環境対策の文脈だけで理解するのは、少しもったいないようです。

その本質は、自然のポテンシャルを最大限に引き出した上で、機械の力を補助的に使うという優先順位の問題です。冬は太陽の熱を取り込み、夏は遮る開口部の計画。通風を確保するための開口の配置。コンクリートの蓄熱性能を生かすための外断熱。こうした「建物の知性」を設計段階で組み込むことで、住む人が意識することなく、自然と快適に過ごせる環境が整っていく。

外断熱はその象徴的な技術です。断熱材を建物の外側に配置することで、コンクリート躯体が室温とほぼ同じ温度を保つ。壁の表面が人の体温に近づくと、輻射熱の交換が穏やかになり、同じ室温でも体感がまるで違います。

夏に「エアコンを19度にしても涼しくない」という経験は、実は壁面温度が高いままだから起きている。外断熱が整った空間では、設定温度を控えめにしても十分に快適なのです。

建物の温度変化が安定することで構造体の寿命も延びる。初期コストは上がりますが、維持管理費・大規模修繕の間隔・資産価値を長期で見ると、外断熱は「経済的な選択」でもある、と松田さんは言います。

縁側の思想を、現代のマンションへ

松田さんが設計において特に重視するのが「中間領域」という概念です。内でも外でもない、曖昧な空間の層。日本の伝統的な住まいには、それが豊かにありました。

縁側、格子、軒の深い庇。京都の町家では、外から見ると格子越しに室内が暗くてみえない一方、内側からは光が差し込んでくる仕組みになっていました。プライバシーを守りながら、外の気配は感じられる。人間にとって「心が開ける」条件が、そこには備わっていました。

マンションという制約の中でその思想をどう実装するか。バルコニーを物置スペースに終わらせず、建物の内外をつなぐ「環境装置」として機能させること。引き込み型の配置でプライバシーを確保しながら、内側からは緑と空を感じられる視線の抜けをつくること。そうした計画の積み重ねが、レイヤリング(層の重なり)として空間に豊かさをもたらすのです。

風のない空調が、室内を変える

松田さんの設計が目指す「肌で感じる快適さ」を、設備の側から支えるのが輻射式冷暖房システム「THEAR(シアー)」です。

冷温水を循環させるアルミニウム製のパネルが、輻射熱によって室温をコントロールする仕組みです。空気を直接動かさないため、風が出ません。作動音は16デシベル以下で、ほぼ無音です。冬は温水でパネルを温め、室内の壁面温度を人の体温に近づける。夏は冷水を流し、パネル面に結露を生じさせることで、空気中の余分な湿度を吸収する。温度と湿度をあわせてコントロールするわけです。



これがパッシブデザインと非常に相性が良い、と松田さんは言います。外断熱によって躯体温度が安定した建物の中で輻射式の空調を使うと、体感温度がより穏やかになる。少ないエネルギーで高い快適性が実現する好循環です。

エネルギー効率の面でも、ヒートポンプを組み合わせることで、投入した電力の3〜4倍のエネルギーを取り出せます。ガス暖房や電熱線式のヒーターとは根本的に違う。松田さんは自分の事務所でも床暖房と組み合わせて実践しており、40平米ほどの空間で、もっとも寒い時期でも電気代は1万数千円程度に収まるとのことでした。

素材の「揺らぎ」が人間の感覚を呼び覚ます

壁の仕上げに、卵の殻をアップサイクルした塗料「エッグペイント」を選んだのはその一例です。均一なクロスとは違い、光の当たり方によって微妙な凹凸が現れる。さらに卵殻の多孔質な構造が、調湿・消臭の機能を発揮します。

「人間の感覚って微細なんです。無機質に見えるのになんかちょっと違う、という揺らぎを、身体はきちんと感じ取ります」

外壁のルーバーには、アセチル化処理を施した「天然木材 アコヤ」を採用しました。ニュージーランド産のラジアータパインを酢酸で処理し、腐朽・変形への耐性を材の芯まで均一に高めた素材です。

地上での耐久性は50年以上がメーカー保証されており、アルミや樹脂素材より光の吸収・反射が柔らかく、経年変化も自然です。「見たことある感じがするのに、見たことがない」。そういう素材を選び続けることで、空間は時間をかけて深みを増していきます。

「居心地がいい」を言語化する

居住空間はどうあるべきか。そう問われた松田さんは、少し間を置いてから答えました。

「空間が広ければいいとか、素材が高ければいいということじゃなくて、どういうものに包まれていると居心地がいいのか。どういう光が入ってきて、どんな風が流れると心地よいのか。感覚を、心地よく刺激することがある環境が、良い環境だと思っています」


自然は刻々と変わっていく。春の朝の光と、秋の夕方の光は違う。雨が上がったから窓を開けてみようか。そういった日々の判断が生まれてくる空間。住む人が自然と対話しながら、自分の暮らしを微調整できる環境。それが松田さんの言う「豊かさ」です。

「THE GRANDUO FUTAKOTAMAGAWA」の設計において、松田さんは崖線の緑地を、土地の時間として読んでいました。10万年かけて形成された地形の記憶と生態を建物の中に引き込む試み。30年間の思索が、ひとつの場所に降り積もっています。

Text by AOYAMA Tsuzumi

THE GRANDUO FUTAKOTAMAGAWA
〒158-0094 東京都世田谷区玉川2-10-14


松田毅紀(まつだ たけのり)

HAN環境・建築設計事務所 代表
獣医学部出身という異色の経歴を持つ建築家。パッシブデザインの第一線で30年にわたり設計を続け、自然のポテンシャルを引き出す外断熱工法や中間領域の設計手法を追求してきた。「THE GRANDUO FUTAKOTAMAGAWA」では設計を担当。日本エコハウス大賞、パッシブデザインコンペティション最優秀賞など受賞多数。