手書きのスケッチが、THE GRANDUO KAMIMEGURO のページに載っていました。

色鉛筆で引いたラフな線画は、完成予想図と言うにはかなりイメージ寄りのものでしたが、それでもしっかりと伝わってくるなにかを感じさせるものでした。

ヨコミゾマコトさんはいつも、考えを整理するときに絵を描くといいます。その一枚が公開されているということは、建物の完成形より、その手前にある思考の過程を見せようとしているということです。

美術館、図書館、劇場、都市広場から個人住宅まで。日本建築学会賞(作品)やグッドデザイン賞金賞を受賞してきた建築家が、今回どんな問いを持ってこの場所に向き合ったのか。フェイスネットワークの「THE GRANDUO」シリーズでTHE GRANDUO KAMIMEGUROTHE GRANDUO OKUSAWA UTAKATAの2物件を担当したヨコミゾさんに、じっくりと話を聞きました。


設計に取りかかる前に、ヨコミゾさんは必ずその土地を歩きます。

「東京って本当は細かな起伏がいろいろあって、そういったところに緑が残っていたりする。坂のある町ってすごく魅力的だと思うし、それを真っ平にしてしまうのはもったいないと感じるんですよ」

例えば、上目黒の敷地に初めて立ったとき、ヨコミゾさんは持っていた先入観を覆されたそうです。

「東京の西側は、単純な台地が広がっているイメージがあったんですが、現地を歩き、地図を読み込むと、想像とは異なる地形が目の前にありました」

目黒川の支流・蛇崩川が長い時間をかけて大地を侵食してできた河岸段丘。谷と尾根が複雑に入り組み、高低差のある地形が街の表情をつくっています。

「蛇崩という地名がありますよね。川が大地を侵食してきたその痕跡を、今も地名が示しているんです」

名前に歴史が宿る。そこにあらためて着想を得て、設計の方向が定まりました。傾斜を造成で均す発想は捨て、地形のなりゆきをそのまま設計に組み込みます。南側と西側の二面道路という敷地条件が「つなぐ」という発想を生み、建物を貫くパスウェイとトンネルが生まれました。散歩の途中に建物の中を通り抜けられる。街と建物の境界が、ゆるやかに連続しています。

歩いて通れるトンネル

車で通過するトンネルは誰もがしばしば通るものです。しかし人のサイズで設計された、歩いて通り抜けるトンネルは、思い返してみると案外少ないものです。

圧縮された暗さから、開放感への移行。小さな緊張と、解放。

「トンネルから想起されるイメージって、人それぞれの記憶のどこかから引き出されてくる。一つのトンネルだけれど、各々が違うものを思い出す。それが面白いと思うんです」

ギリシャの白い集落の路地を思い出す人がいれば、子供の頃の秘密の遊び場が思い浮かぶ人もいるかもしれません。朝の光と夕暮れの光では、また別の記憶が呼び起こされます。トンネルは通路として機能しながら、住む人それぞれの感受性に触れる「空間的な装置」でもあります。

建物を通り抜けるたびに、微かな驚きとともにある日常が積み重なっていく。そういう仕掛けが、ヨコミゾさんの建築には潜んでいます。

プログラムされない自由

ヨコミゾさんが居住空間について話すとき、繰り返し使う言葉がありました。
「許容力のある空間」。

日本の名作住宅と称される作品を訪れたときのことをヨコミゾさんは話してくれました。空間は精巧で、一つひとつの場所が機能的に設計されていたそうです。ここで食事をし、ここから景色を見る。設計者の意図が隅々まで、完璧に行き渡っていました。それでも、ヨコミゾさんは「心地よくなかったんですよね」と振り返ります。

「家の隅々まで、完全なプログラムドスペースだったんです。そこにいると、ずっと設計者に指示されているようで、少しうるさく感じてしまいました」

住宅とは、疲れて帰ってきて衣服も着たまま倒れ込むような場所でもあります。来客を迎えるようなオンな時間を過ごす日もあれば、一人きりで気ままに過ごすオフの日もある。そのすべてを受け止められる空間こそが、豊かな住まいだとヨコミゾさんは言います。

玄関の「土間上がり」を意図的になくし、外の延長として室内を続けさせる。自転車やペットがそのまま入れる空間を用意する。段階的に「奥」へと引き込まれながらも、どこにいても窮屈さを感じさせない。そういう設計の判断の積み重ねが、「許容力のある空間」をつくります。

面を揃える、という仕事

設計の中盤に、ヨコミゾさんが必ず向き合う作業があります。

「面と面がずれているのがすごく、気になってしまうんです」

面の揃えと線のラインを整える。それだけに集中する時間が、かならずあるといいます。

「だれに言われるまでもなく、自分しか分からないけど、やらないと気持ち悪い。古い書院造りなどに惹かれます。揃えるところは揃え、ずらすところはずらす。すべてが繊細な判断と独創的なバランスで成立しているんです。そんな空間を見ると、すごく惹かれます。」

数百年前の大工の手仕事と、現代の設計者の眼が、ここでつながっています。

外観仕上げにも、ヨコミゾさんのこだわりが宿ります。シリケート塗装と呼ばれる特殊な外壁材は、コンクリートに無機成分を浸透させるもので、カビや汚れの栄養源となる有機成分を含みません。修復後のバウハウス建築にも使われているこの素材で、建物を純白に仕上げました。
「CGのような白さをやってみようと思って」と、ヨコミゾさんは少し楽しそうに言いました。

100年後もヌーヴォーであること

1925年 パリで行われた現代装飾美術・産業美術国際博覧会(通称 アール・デコ万博)でル・コルビュジエが提案した「エスプリ・ヌーヴォー館(新精神)」のパビリオン。大きい気積、室内に引き込まれた樹木、確かな素材感。ヨコミゾさんはその写真を今も見返すことがあるといいます。そして毎回、同じ感覚に行き当たる。

「悔しいけど、100年前の空間がよく見えるんですよ。やっぱりまだ実現できていないですよね」

キッチンや水回りの機能性は飛躍的に向上しました。でも、それを取り除いた「残り」はどうか。画一的な集合住宅が量産され続ける現実に、その問いは宙吊りのままです。宙吊りだと知りながら、「それを一つでも二つでも近づきたい」と思って設計を続けているとヨコミゾさんは言いました。

価値が長く保たれる建築に共通するのは「居心地の良さ」だといいます。それは数値で測れるものでも、言葉で説明できるものでも、たぶんない。空間に足を踏み入れた瞬間、体が感じ取るものです。想像力が働き、さまざまな想いが湧き出て、心が解放される空間。

土地の記憶を読み込み、地形のなりゆきを尊重し、プログラムに縛られない自由な空間をつくる。ヨコミゾさんの建築とは、住む人が自分だけの答えを見つけていくための、開かれた問いかけです。

 

Text by AOYAMA Tsuzumi

THE GRANDUO KAMIMEGURO
〒153-0051 東京都目黒区上目黒4-33


ヨコミゾマコト

aat+ヨコミゾマコト建築設計事務所 主宰
集合住宅をはじめ、美術館、図書館、劇場、庁舎、都市広場などの「公」の空間から、個人住宅やギャラリーなどの「個」の空間まで、多様なプロジェクトを手掛ける。人・建築・都市をひと続きに捉え、歴史・経済・文化の流れ、水・風・熱・光の流れ、地形・地勢・重力の流れを受け止め、新しい流れを生む建築デザインをめざしている。日本建築学会賞作品賞、日本建築家協会賞、グッドデザイン賞金賞、BCS賞、公共建築賞など受賞多数。
https://www.aatplus.com/ja/