
建築家には、コンセプトが先に立つ人と、体験が先に立つ人がいる。井手孝太郎さん(アールテクニック)は、迷わず後者だ。難解な理論も、印象的なキャッチフレーズも使わない。「自分が住むとしたら」という一文を羅針盤にして、法規と土地と予算を丁寧に読み解き、そこから形を導き出す。
THE GRANDUOシリーズの取材で井手さんと向き合ったとき、まず印象に残ったのは言葉の軽さだった。
「僕はスーパー生活者なので」「ケチだから無駄が嫌いで」
自分の仕事をそんなふうに笑い飛ばせる建築家は、そう多くない。しかし話を聞くほど、その「軽さ」の奥に、一切ぶれない一本筋があることがわかってくる。
「気持ちよさ」という、最も正直な基準
設計において最も重視することを尋ねると、井手さんはあっさり答えた。
「気持ちよさ、快適さです。それだけです」

あまりに素直な言葉なので、少し拍子抜けする。が、そこには深い思考が畳み込まれている。
「機能も気持ちよさに繋がる。メンテナンス性も気持ちよさに繋がる。逆に言うと、世話に費用がかかりすぎると気持ちよくない。温熱環境だって、いくら快適でも無駄を感じると快適じゃない。環境問題への罪悪感があっても、快適じゃない」
「気持ちよさ」は、見た目の美しさや機能の充実とは違う。もっと全体的なものだ。暮らしの中に生まれる小さなストレスが、ひとつずつ取り除かれていった先にある状態、そう定義するとわかりやすいかもしれない。
アカデミックな建築論を叩き込まれた設計者なら、この言葉をもっと難しく言い換えるだろう。しかし井手さんは言い換えない。誰もが知っていて、誰もが少しだけ考えたことのない言葉を、そのまま基準にして設計している。

その姿勢は、敷地の読み方にも表れる。
「規制も土地の個性と捉える」というのが井手さんの立ち位置だ。北側斜線や容積率の制約を、設計の邪魔者として戦うのではなく、その敷地固有の条件として素直に受け止め、創造性と経済合理性を同時に引き出す。制約を逆手に取る、とよく言うが、井手さんにとってそれは戦略ではなく、もともとの姿勢に近い。
「ケチ」が生む、本物の豊かさ
見た目の豪華さへの疑問は、もっと具体的な形で表れる。
「意味のない吹き抜けって、見た目はきれいだけど夏は暑くて冬は寒い。空調のオンオフを繰り返すことになって、エネルギーも精神も削られていく。無駄が嫌いで、僕はケチだから」

「ケチ」という言葉が出た瞬間、笑いが起きた。でもその笑いのあとに、妙な納得感が残った。無駄を嫌うことは、豊かさを諦めることではない。無駄だけを諦めることだ。
全館空調は弱運転で常時稼働させる。極端なオンオフをしない「平均化運用」が基本だ。照明は動線上の不自然な通過点灯を排除し、センサーと手動のハイブリッドで最小化する。やりすぎない、でもストレスを残さない。
「住んでいる人が、空調のことも、電気のことも、あまり考えなくていい。そういう設計が理想です」
エフォートレスに暮らせること。それが、井手さんの言う本当のラグジュアリーだ。
さらに井手さんが重視するのが、外部空間の取り込みと縦方向への広がりだ。テラスや中庭、吹き抜けといった要素を有機的に組み合わせることで、数字上の床面積より何割も大きく感じる空間が生まれる。
「同じ床面積でも、外と繋がっていると全然違う。空間の豊かさって、面積より感じ方の問題ですよね。少しでも良くする余地が残っていると数センチ単位で調整し続けます。これもケチの成せる業です」
この発想も根っこは同じだ。無駄なく、でも豊かに。言われてみれば当然のことだ。しかしこの「当然」を、予算と法規の制約の中で実際に実現するのは、「ケチ」と呼べるほどの執念がなければできない。
ソリッドな素材を選ぶのは、愛されるためだ
素材への哲学は、さらに鋭い。
「ソリッドであること、メンテナンス性がよいこと、機能的であること。家具も空間のボリュームとして捉えてデザインする。華奢すぎて世話がかかるものは、だんだん愛せなくなっていく」
コンクリートや金属を好むのは、重厚感を演出したいからではない。壊れても合理的に直せるからだ。維持コストが低く、手がかかりすぎないから、長く大切にされる。そしてここから、その思索は一段階深くなる。
「愛されなくては残されない。それが最大のエコに繋がります」
サステナビリティを語る文脈で、「エコ素材を使う」「認証を取る」といった話はよく聞く。しかし井手さんの言う「最大のエコ」は、もっと根源的だ。
建物が長く愛され、長く使われること。それ以上のエコはない、という確信。そして「住人に愛されることで、オーナーにも愛される建物になる」という連鎖も、井手さんが常に意識していることだ。住む人が誇りを持てる空間は、持つ人にとっても価値が増していく。

住宅は、ライフスタイルをつくる装置である
なぜここまで、一軒の住宅に執念を燃やせるのか。その問いへの答えが、思想の核心だった。
「住宅には、その人の人生を変える力があると思っています。そこで育つ子供には、本当に影響すると思う。住民の家族が快適で健康的な生活を送れること、そしてそのライフスタイル自身が、その家族のステータスになる」
ステータスという言葉が、ここでは少し違う意味を持つ。誇示するための記号ではなく、その空間で育まれた「生き方の質」としてのステータスだ。

自分が何をしたいか、ずっとそれだけ
取材の最後、自分の設計スタイルをどう表現するかと聞くと、井手さんはしばらく考えてから言った。
「本当に、自分が何をしたいかなって、ずっとやってる感じですよ。それだけですね」
シンプルすぎて、かえって深い言葉だ。建築というのは、多くの制約と、多くの他者の意向と、限られた予算と戦いながら形にしていく仕事だ。そのプロセスで「自分が何をしたいか」を手放さずにいられる建築家は、実はそう多くない。
「気持ちよさ」を基準にして、「無駄を嫌い」、「ソリッドな素材を選び」、「愛されることを目指す」。その四つの言葉を繋げると、一本の太い筋が見えてくる。
「住宅は、人生を見守り、サポートするもの。そこに住む人の人生を変える力があるものです。繰り返しになりますが、特にそこで育つ子供には、大きく影響すると思う。ですから、住宅とは、住む人、つまり家族全員の問題なんです」
建築を、人生のインフラとして捉えている。その視点から見れば、素材の選択も、温熱計画も、照明の設計も、すべて「そこに住む人がどう生きるか」に直結した判断になる。
「住人に愛されることで、オーナーにも愛される建築になり、建物が長期間存続して環境にも貢献する。そしてそれが評価されて、価値が上がっていく」
住む人の幸福が、持つ人の資産になり、社会の持続につながる。その連鎖を、一本の設計の筋として引いていること。それが、建築家・井手孝太郎の仕事だ。

Text by AOYAMA Tsuzumi
THE MEGURO HIGASHIGAOKA
〒152-0021 東京都目黒区東が丘1-1
Kotaro Ide|井手 孝太郎
アールテクニック 代表
彫刻的で力強い建築を目指しつつ、住宅においては「人間の巣」として五感で心地よさを感じられる空間づくりを重視。常に「自分たちが住むとしたら」という視点で設計に臨み、住む人の人生を豊かにする家づくりを信条としている。表層的な意匠に流されない骨太な建築を追求し、環境にも優しい持続可能な住まいを提案している。戸建住宅や集合住宅を数多く設計。2009年度には軽井沢に建つ別荘「shell」でグッドデザイン賞を受賞。