学芸大学駅から歩いて3分。 商店街の賑わいを抜けた先に、2026年7月の完成を待つ建物があります。

THE GRANDUO GAKUGEIDAIGAKU。

永山祐子建築設計が手がける、街との新しい関係性を提案する住まいです。

繋がらないこと、繋がることを自分の意思で選べる家。街のざわめきが聞こえてくる安心感と、プライバシーが守られている心の平穏。相反するように見えるこの二つの価値を、同時に手に入れることができる住まいがあるとしたら。

「バルコニーのいえ」というコンセプトを掲げた永山祐子さんは語ります。「都市の気配を感じながら暮らせるような、室内と屋外をゆるやかにつなぐ空間を目指しました」


では、さっそくですがTHE GRANDUO GAKUGEIDAIGAKUに永山さんが仕掛けた工夫を見ていきましょう。まずは建物の外周を巡る高さ1.1メートルの腰壁。この控えめな高さが、実は巧妙な仕掛けとなっています。

腰壁とパノラマ窓の絶妙なバランスが生み出すのは、座れば空が見え、立てば街が見える特別な装置です

座れば腰壁越しに青空が広がり、立ち上がればパノラマ窓から街並みが見渡せます。朝、ソファに腰掛ければ街の喧騒は遮られ、視界に入るのは空だけ。立ち上がれば商店街や碑文谷の緑が一望できます。この「高さの変化による視界の切り替え」が、住む人に選択の自由を与えています。

永山さんによれば「視線をコントロールすることで、外部からの視線を遮りつつも心理的には開放感を維持できる」というねらいがあるのだそう。

夕暮れ時、部屋の明かりをつけても道行く人と目が合うことはありません。しかし完全に閉ざされているわけでもなく、街の気配は感じられます。この建築は、都市生活者が求める「ほどよい孤独」を見事に実現しています。

 

余白は、クリエイティビティの源

各住戸に設けられたインナーバルコニー。それは暮らしに「余白」を生み出す装置として機能します。植栽、家具、あるいは何も置かない。この余白があることで、住まい手は自由にライフスタイルを描けます。決めすぎない、説明しすぎない。建築家の抑制が豊かさを生み出しています。

「余白って、実はすごく贅沢なものだと思うんです」と永山さん。「都心の限られた空間の中で、あえて『何もない場所』を作る。でもその『何もない』が、実は『何でもできる』可能性を秘めているんです」

現代の住宅は機能で埋め尽くされがちです。しかしTHE GRANDUO GAKUGEIDAIGAKUは、あえて曖昧な空間を残しました。それは住む人への信頼であり、創造性への期待でもあります。

インナーバルコニーという余白。植栽やファニチャーを思いのままに配置して「なんでもできる」場所です

 

見えない快適さを支える「FULNESS」

THE GRANDUOシリーズが掲げる「FULNESS(フルネス)」。それは快適さを超えた、心身の深い充足を意味します。

「バルコニーのいえ」というコンセプトと融合することで、FULNESSはさらに深い意味を持ちます。街と繋がり、街から離れる。その選択の自由がある空間で、心身を整える最先端の技術が働きます。

ナノメタックスコーティングがくつろぎの空間環境を整え、全館浄水システム「良水工房」が、すべての水を高度に浄水します。これらの技術は、住む人が特別な努力をしなくても、自然と心身が整っていく環境を作り出すのです。バルコニーの向こうから訪れる空の光、そして風。そこに目に見えない快適さが重なり合うとき、都市の住まいは安らぎの場所へと変わります。

 

構造が可能にした開放性

建物中央の巨大なRCコアが全体を支えることで、外壁から柱や梁を極力排除するという特徴的な方法が選ばれました。その結果、大きなバルコニーを備えた住空間が生まれました。
「RCの建築にノウハウがあるフェイスネットワークの技術があってこそ作れた空間です」と永山さんは振り返ります。

北側には段状のルーフバルコニーが広がります。これは建築基準法に定められた「日影規制」の副産物です。日影規制とは周囲の建物に日陰を作りすぎないよう建物の高さや形状を制限する規制のこと。建物の北側は特に厳しく制限されるため、上層階になるほど建物を後退(セットバック)させる必要があります。

永山さんは、この制約を豊かさに転換しました。

後退した部分に緑豊かな庭園を作ることで、都心にいながら緑の潤いを感じられる空間を生み出したのです。制約を豊かさに転換する柔軟な発想が、THE GRANDUO GAKUGEIDAIGAKUの魅力を支えています。

 

商店街という日常との接続

学芸大学駅前の商店街を抜けてすぐ。この立地には、特別な価値があります。

学生街の雰囲気を残す商店街では、古書店とカフェ、老舗と新店舗が不思議な調和を保っています。バルコニーから見下ろすと、時間帯によって変わる街の表情が楽しめます。朝の足音、昼に自転車が走る音や買い物袋の音、夕方の賑やかな声。その営みを感じていると、自分もこの街の一員なのだという実感が湧いてきます。

ところで学芸大学という駅名なのに、東京学芸大学はここにはありません(小金井市に移転したのは1964年のことです)。でも誰も気にしていない様子。名前と中身が違うなんて、なんだか腰壁の高さトリックと似ているかもしれません。見え方と実態のズレを楽しむ余裕が、この街にはあるのです。

碑文谷公園までは徒歩10分。都心でありながら豊かな緑に触れられる環境が、暮らしに奥行きを与えてくれます。「学大(がくだい)」と地元の人が呼ぶこの街は、背伸びをしない魅力があります。等身大でいられる街での、等身大の日常です。

 

あたらしいつながりが生まれる場所

THE GRANDUO GAKUGEIDAIGAKUが提案する「あたらしいつながり」。

それは、繋がることも繋がらないことも、自分で選べる自由のこと。腰壁とパノラマ窓が作り出す絶妙な距離感。インナーバルコニーという余白。街の気配を感じながらも守られるプライバシー。現代の都市生活は、過度な繋がりと過度な孤立の間で揺れ動いています。そんな時代だからこそ、「ちょうどいい距離感」の価値が高まっています。

THE GRANDUO GAKUGEIDAIGAKUは、その「ちょうどいい」を建築として実現しました。街と繋がりたいときは繋がり、一人になりたいときは一人になれる。その選択を、住む人の手に委ねています。

2026年7月、ここに住む人々は都市生活の新しい可能性を発見するでしょう。学芸大学の街に生まれる、あたらしいつながりのかたち。それは、都市に住むすべての人への提案です。

 

Text by AOYAMA Tsuzumi

THE GRANDUO GAKUGEIDAIGAKU
〒152-0004 東京都目黒区鷹番2-9